想いが形になる仕組み?だと思う

世間話

最近仮説・検証を始めたのが、表層世界とその中心にある存在との関わりについてです。

表層の世界は地球の表面、中心にある存在は地球の中心というイメージです。

私が使う表現は創作が多いので、適当に意味をくみ取って貰えたらうれしいです。

表層の世界は中心の存在で作られてる?

表層世界は見えている・感じている世界です。

自分が「見ている世界」です。

目を閉じれば見ている世界は消えます。

見ている世界が消えると、自分の内側を感じ始めます。

モニターを通した先にある世界を見ている自分みたいな感じです。

モニターの手前には自分がいます。

モニターの先には違う世界がある。

仮説は「自分の内側が、見ている世界を作り出しているでは?」です。

大体そうだなっていう予測はあるのですが、それを検証しようとしています。

表層で世界を作るか、中心で世界を作るか

自分の内側にある存在、中心の存在は「全て」です。

その「全て」が見えている世界を作り出していると。

普通は見えている世界で生きています。

「新年が始まった!」というのも見えている世界の話です。

自分の内側にある「全て」に意思・意識を向けません。

自分の内側に意識が向くのは、「願い事」を自分の中に思い浮かべるぐらいです。

これも「自分の内側にある全て」にアクセスする方法です。

ただ、これは「見えている世界」を通しての願い事となるため、表層の世界が中心です。

表層の世界に生きるのが普通です。

でも、これに疑問を持っているのがここ数年の仮説です。

見えている世界は見せられている世界かも?

特にこの一年「受け入れる」をテーマにしているため、見えている世界と見えていない世界に意識が向いています。

「この見えている世界はどうやって作られているのか」です。

これまでの経験上、人によって見えている世界が違うことは分かっています。

地面に100円が落ちていても、気がつく人と気がつかない人がいます。

100円はそこにあるのにです。

気がつく人にとっては100円は100円ですが、気がつかない人にとっては100円は存在しません。

これが表層の世界です。

幸せは表層の世界か内側の世界か

これまで、ずっと表層の世界の中で、いかに幸せに生きていくか・幸せを感じていくかを考えていました。

「表層の世界」という意識も無くです。

気がつかない・気にならないなら良いのですが、気になってきたので考えるようになりました。

この表層の世界に対し、「もしかして変えられるのでは?」という仮説がわき出てきたのです。

「受け入れる」をテーマにして分かるのは、外側から入ってくる機会を受け入れる意味です。

何かがどこかに導いているのです。

この「外側から入ってくる機会」を「内側の存在が作りだしているのではないか?」という仮説です。

「こころ」を通して世界を作る

内側の存在(中心)ってなによ?という感じですが、分かりやすい言葉にするなら「こころ」でしょうか。

表現する適切な単語が思いつかないです。

その「こころ」を自分の内側に意識を向けることで感じるようにします。

「受け入れる」とは「こころ」に身を任せることなのでは?という仮説です。

表層の世界で何かを望む・叶えるは、表層の世界基準で判断しています。

「こころ」に身を任せて、表層の世界を「受け入れる」のは、「こころ」基準で判断しています。

表層の世界に身を任せて「こころ」を感じる事も出来ると思うのですが、私にはまだ無理です。

見えているモノに意識が引っ張られてしまい、その先(手前?)にあるものを感じるのが難しいです。

具体的では無く、漠然とした意識を持つ

自分の外側にある見えているものではなく、自分の内側にある何かに意識を向けます。

この時に「良きように」と考えながら意識を向けます。

表層の世界が意識的・無意識的に作られているとするならば、内側の存在に意識を向けることで、表層の世界に影響を与えるのではないか?という仮説です。

思えば叶うというのとは、少し違うと上でお話をしました。

願いや望みは表層の世界で作られたモノです。

表層の世界で作られたモノを内側の存在に向けても難しい気がします。

形のない内側の存在が表層の世界に影響を与えているとするなら、形の無い(具体的では無い)ところからスタートした方が良いです。

だから「良きように」でも良いし、「幸せであるように」でも良いし、内側の存在を感じやすいように意識を向けます。

たぶん、これには更に踏み込んだステージがあると思うのだけど、今の私にはこれぐらいしか分からないです。

世界に身を任せる

内側の存在に形の無い意識を向け、内側の存在に形作られた表層の世界を受け入れる

これを無意識にやっている人は多いと思う。

私も部分的にこんな感じにやっていると思いますが、表層の世界を受け入れるっていうのがイマイチです。

表層の世界を受け入れるを意識し始めたのが昨年からです。

今年は「内側の世界を通した表層の世界を受け入れる」がテーマになりそうです。

「内側の存在」を意識することと、「形の無い意識」を内側の存在に向けるは意識してやったことはありません。

無意識に似たような事はこれまでも自然とやっていた部分はありますし、誰もが似たような感じでやっている部分もあります。

これを意識して取り入れてみようというのが今回の検証です。

どうなるかな?

仕組みとしてはイメージ通りの仕組みだと感じるのだけど。

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