「なぜ生きるのか?」
そう考え始めた時、人は「人生に行き詰まっている状態」になっていることがあります。
ただ「なぜ生きるのか?」という答えのない問いに悩むことよりも、「なぜ自分は今、生きる意味を考え始めてしまっているのか?」という現状の分析(客観的な考察)に意識を向けることの方が、はるかに大切だと考えています。
この状況から抜け出すための答えは、とてもシンプルです。
「自分の外側ではなく、内側に意識を向けること」
これにつきます。
しかし、思考が行き詰まっている絶不調の時には、この言葉の意味すらピンとこないかもしれません。
生きる意味を考えている時点で、心は「絶不調」なのかも
「自分自身が生きることに、何か意味はあるのだろうか?」
そう考えている段階で、メンタルはかなりのストレスを抱えています。周りから見た時に実生活がいくら順調に見えていても、内側は絶不調のサインを出している可能性があります。
この状態になると、どこに向かって思考を巡らせれば良いのか分からなくなります。
- もっと生活を豊かにすれば良いのか?
- もっと仕事を頑張れば良いのか?
- 今の環境から抜け出す努力をすべきなのか?
迷子になっている状態に対し、「何を選び、何をすべきか」の答えも、実はすでに決まっています。
「一旦、何もする必要はない」
これが答えです。
人は「何かをしなくても」生きていける(現実の最小単位)
そもそも、生きるために「絶対にしなければならないこと」なんて、現実的にはそれほど多くありません。
「生きるためには食事も睡眠も不可欠だ」と思うかもしれませんが、選ばなければ食費などたかだか知れています。寝る場所だって、選ばなければどこにでもあります。
私自身、自分があほだなと思う経験があります。
以前、養蜂家さんのお手伝いをした時のことです。山の中で作業待機をしていた時の寝床は、トラックの荷台で大人2人の雑魚寝でした。noteに書きました!
これです↓笑

眠くなれば、人はトラックの荷台でもどこででも眠れるものなのです。
私は新宿に住んでいますが、歌舞伎町の近くを散歩していると、路上でぐっすり寝ている人を見かけます。歩道を塞ぐように寝ていても、周りの人はその上をまたいで通り過ぎていきます。笑
現実なんて、案外そんなものです。「絶対に○○しなければいけない」なんて縛りは、本来どこにもありません。
「でも、家族がいるから…」と思うかもしれません。
ですが、家族は家族でそれぞれの人生を生きています。あなたが抱え込んでいる「しなければならないこと」を手放せば、周囲は自然とそれぞれに必要なことを始めます。
生命活動を最小限まで削ぎ落として客観視してみれば、焦ってやるべきことなんてほとんど残らないのです。
原因は「他人の基準(外側の世界)」で生きてきたこと
生きようと焦らなくても、人は勝手に生きていきます。
意味の有無に関わらず、私たちは現実にここにいます。
だからこそ、最初の話に戻ります。
「外側の世界ではなく、自分の内側に意識を向ける」
私たちが苦しくなる根本原因は、判断基準が常に「自分の外側の世界(世間や他人の目)」に向いているからです。
- もっと良い生活をしたい
- もっと良い環境を手に入れたい
- 周りからもっと評価されたい
あるいは
- もっとちゃんとしたい
外側の世界(世間の基準)には際限がありません。
ネットで欲しいものを見つけて手に入れても、手に入れた瞬間、意識は次の商品へ移ってしまいます。
「世間的な良し悪し」という外側の基準に合わせて生きているうちに、ある日ふと気づくのです。
「何のために自分は生きてるんだろう?」
その瞬間、急に苦しくなります。「本当の自分の意思」を見失って迷走する瞬間です。
心が行き詰まった時は、「自分の意思」を取り戻すチャンス
一生懸命に生きようとしてきた人ほど、この状態に陥りがちです。
そして、心が折れてしまう。
ですが、「行き詰まりを感じたこと」自体は、決して悪いことではありません。
その行き詰まり(限界)がなければ、私たちは自分の内側に意識を向け直し、現状を冷静に考察する機会すら持てなかったからです。
時間をかけて自分の内側をじっくり見つめ直していくと、ひとつの事実に気づきます。
これまで「自分の決断」だと思っていた選択が、実はすべて**「周囲の意思や常識」**だったということに。
- ○○した方が良い(周囲のアドバイス)
- ○○した方が安心(世間の常識)
- ○○した方が正しい(世間の評価)
自分の意思を置き去りにして周りに合わせ続けていると、「自分」という存在が不鮮明になっていきます。
「自分が不鮮明になる」とは、自分の素直な感情(好き・嫌い)が分からなくなっている状態です。
正しいか正しくないか(損か得か)で生きるのを、一度休む気持ちを持ってみます。
「自分が何を好きで、何を嫌いか」というシンプルな原点を取り戻すことです。
それこそが、生きる意味を探す迷路から抜け出し、現実を自分らしく切り開いていくための第一歩になります。


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